KUMIKO UEDA playwright - director

report
レポート

リーディングワークショップ -泣き女たち-

2024/9-2025/1

上田久美子リーディングワークショップが、「港区立みなと芸術センター」整備に向けたプレ事業として、2024年9月〜2025年1月にみなとコモンズ(旧三田図書館)で開催されました。
全6回のワークショップの様子を紹介します。

day 1  Les Pleureuse➖泣き女たち➖を音読する

2024年9月21日

公募によって集まった一般参加者と上田久美子、企画者である相馬千秋さん(芸術公社)による顔合わせ。
参加者たちは自己紹介にかえて、何か一つその日に身につけているものを紹介する。
服装にこめられたそれぞれの思いやこだわりに耳を傾けるうちに場の緊張がほぐれた。
上田久美子の未発表戯曲『Les Pleureuses─泣き女たち』のコピーが配られる。
上田がフランスで出会ったある亡命者から聞いた、イラクの砂漠の街に残してきた厳格なムスリムの母親の話から着想した、アジアとアラブの女二人の対話劇。上田はその母親を、日本の女性たちに会わせたいという衝動を感じてこの戯曲を書いた。
全員で車座になり、二人一組でアジアの女とアラブの女の台詞を読み継いでゆく。
ぶっつけ本番、上田以外は物語の行方を知らない。
演劇経験者も未経験者も様々な年代の女性たちが戯曲に集中し、結末に辿り着いた時には予定終了時間をだいぶ過ぎていた。無事戯曲を読み終えて安堵のため息。
心地よい疲労感と次回への期待で1日目は幕を閉じた。

day2 演劇と身体性の歴史を学ぶ 

2024年10月13日

2日目は初日の感想のシェアから始まる。
初日終了後のアンケートには、アジアとアラブの女二人に対する共感や、それぞれの文化や歴史的背景への関心、戯曲を一緒に読む体験へのさまざまな感想が寄せられた。
デュッセルドルフからオンライン参加の上田により、実際のイラクの「泣き女」の儀式と、とフランスの稽古場での『Les Pleureuses』のクリエーションの様子が映像で紹介される。
その後、西洋演技論史の研究者でSPAC-静岡県舞台芸術センター文芸部の横山義志さんによるレクチャー。
太古の時代には、演劇は自然な衝動による歌や踊りにより表現されていたが、政治の世界で理性的な語りが主軸となると、感情的・陶酔的な語りは女性やアジアのような周辺部の野蛮な習俗とされ、やがて男性の政治的社会で培われてきた理性重視・散文重視が演劇の世界にも浸透し、18世紀以降、演劇における身体性の排除や、男性中心・ロゴス中心化が進んでいったという。
レクチャーの後の質疑応答では、身体性の復活や非言語的なものを継承することの必要性や難しさについての意見が寄せられた。


day3 『マザリング』と女性の体験を共有する 

2024年11月10日

ゲストは映画監督で作家の中村佑子さん。
自らの妊娠出産をきっかけに、現代社会で見えなくされてきた女性の体験を言語化し、子どもだけでなく広く他者に寄りそう営みを「マザリング」という言葉として提起した自著『マザリング──性別を超えて〈他者〉をケアする』(集英社)について語ってもらう。
その後、参加者一人一人が、自らの身体性や『マザリング』を読んで感じたことについて語る。
子どもを産んだ時のこと、子どもを欲しいと思わないこと、母がしてくれたこと、母にしていること、社会に求められることなど、各人各様の思いの一つ一つに、パリの上田がコメントで応える。
最後に中村さんより、「母性」や「母親らしさ」が女性の実体験と乖離したところで規定され利用されてきたこと、これに抗う意味であえて「マザリング」という言葉を使って女性が担ってきた他者への関わり方をより広く捉えていきたいこと、さらに「反出生主義」(世界が悪なので子どもは産まない/生まれないほうがいい)に対しては、人や未来は変わるという希望をもって押し返していきたいということが語られた。

day4 『女の平和』を音読する 

2024年12月8日

アリストパネス『女の平和』(訳:佐藤雅彦)を音読。
『女の平和』は戦争に明け暮れる男性達に対して、戦争終結を要求する女性たちがセックス・ストライキを行うという古代ギリシア喜劇。
参加者全員が車座になり2時間かけてダイジェスト版を読んだ後、上田、相馬さんを含め皆でディスカッションを行う。
『女の平和』の感想にからめ、戦争が男性によって行われてきたこと、男性の暴力性や人間以外の動物社会におけるヒエラルキーをめぐる争いなど、様々な発言がなされた一方、終了後のアンケートでは、男性は闘争的で女性は平和的と単純に二分できるものではなく、男性のみ糾弾するのはどうか、男性の意見も聞いてみたいという意見が寄せられた。

day5 身体の声を聴いてみる/台本から自由になってみる 

2024年12月22日

今回は体を使うということで、全員動きやすい格好で集合。
会場であるみなとコモンズの「砂浜」スペースは、『Les Pleureuses─泣き女たち』の女二人が出会う砂漠のようでもある。靴を脱いで砂漠に上がり込み、二人一組で台本の一部を読んでみた後、順番にみんなの前で披露。
その後、全員でダンサー・振付家の川村美紀子さんによる身体のワークを受ける。
カリカリ何かを引っ掻いてみたり、体の中に入ったスーパーボールの動きを感じてみたり、体の中の何かをひたすら吐き出してみたり。川村さんが繰り出す動きに誘われ、それぞれ自分の身体の内外を感じてみる。

自分の身体を意識したところで、また二人一組になり、今度は動きをつけて演じてみる。
参加者からは、立ち上がったり、見つめ合ったり、頬に触れたりすることにより、座って読んでいた時にはなかった感情の揺さぶりが感じられたという声が聞かれた。
さらには台本を閉じ、同じ場面を自分たちの言葉のアドリブでやってみる。
台本からはみ出した別の女二人の物語に爆笑したり感動したり、大盛り上がりのうちに5日目終了。

day6 『Les Pleureuse─泣き女たち』を全員で演じてみる 

2025年1月12日

ついに最終日。
準備体操代わりにグループに分かれて一列に並び、前の人のジェスチャーを真似るというワークをする。
その後、初日には椅子に座って読んだ『Les Pleureuses─泣き女たち』を、今度は最初から最後まで動きをつけて読んでみることにした。
しかも、全員が登場人物4人(アラブの女、アジアの女、アラブの女の息子、アジアの女の娘)のうちの誰かに振り分けられ、自分と同じ登場人物が演じられている時には、その人の動きを真似る。
アラブの女が水筒を差し出せば、何人ものアラブの女が水筒を差し出し、アジアの女が泣けば、何人ものアジアの女が泣く。
何人もの女たちによって語り継がれ運ばれて、物語は終わりを迎える。

演劇とは何か、女性とは何か、身体とは何か、台本とは何か。半年間のあらゆる対話を包摂した『Les Pleureuses─泣き女たち』の物語は、演者でもあり観客でもある女たちによる大きな拍手によって幕を閉じた。